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差し伸べる手


誰しもがアジアなど発展途上国に旅に行くとき、一度は必ず目にし、ドキっとさせられるある出来事がある。

それは目の前に自分に何かを求める貧しい人を見たときではないだろうか。


旅に行く前のこと、私の住むサンタクルス県の中心地の長距離バスターミナルでのことだった。


こんな光景を目にした。

P1050692_R.jpg



白杖を手にしたおばさんが人通りの多いターミナルの入り口の真ん中にひとり立っていた。

白杖(はくじょう)は視覚障害者の持つ杖。この女性は目に障害を持っていた。

何をしているだろう?私は素通りするフリをして彼女の横を通った。

女性は片手を前に差し出し、何かをつぶやいていた。

そう、この女性は「物乞い」をしているのだ。

私はしばらく少し離れた場所から彼女を見ていた。

人通りが多く、人にぶつかりそうになるときもあった。子どもにジロジロ見られても、大人に無視されても、彼女は手を出し、小さな声で何かを言っていた。


私はじっと彼女を見ていた。

一体どんな気持ちであそこに立っているんだろう。

ともに暮らす家族はいるのか、物乞いしてまで生活が苦しいのか、私には分からない。

でも、道の真ん中に立ち、見せ物のようになり物を乞う姿は、自尊心を傷つけているように見えて、
私はいたたまれなかった。


私は声を掛けてみた。手にひとつのパンを握らせながら、


「私は日本人です。これはあなたのためのパン。あなたは何も見えないの?」

「見えないわ」

「家族はいるの?」

「いるわ。でも、△¥○・×@・・・・・」

声の小ささと周りの雑音で聞き取れなかった。

仕方なく、別れを言い、その場を離れた。

握手と少しのお金を渡して。

「ありがとう。良い旅を。」



日本にいるみんなに少しだけ考えてみてほしい。

そこはどこか貧しい国で、自分は視覚に障害をもっていると想定して。

駅の改札口などの人ごみの真ん中で、目を閉じて、
右手を差し出して、「お金をください」と心の中でつぶやいてみてください。

過ぎていく人並みを感じるなか、立ち止まってくれて握ってくれるひとりの人の手がどんなにあったかいか、
逆に誰も立ち止まらなく、自分が存在しないような気持ちがどんなに寂しいか。


私が初めてアジアに行った時、衝撃を受けたのがこのような出来事だった。
そこから始まった長い旅の途中、ボランティアに来てる今でも、私は何もできない。

でも、いつかは弱い立場に立つ人に直接役に立ちたい。



ふと足を止め周りを見ると、意外と近くに貧しい社会はある。


私は何ができるんだろう。また、ひとり考える。
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離れて暮らす友へ。

いつも見てます!!
いい笑顔でほっとします。素敵な顔してる。

遠く離れているけれど、存在とその言葉に勇気と元気をもらっています。

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むずかしいね。。。

バングラデシュでも、都会に行くほど物乞いが増えて、いつも心が痛い。。。この国の人々の生活が少しでも良くなるためにここにきているはずなんだけど、次々と目の前に現れる貧しい人々を助けることができない。。。自分には何ができるんだろうと考えるけど、結局、今取り組んでいる活動に一生懸命取り組むことが自分にできることだ、という答えにいつもたどり着く。。。でも、本当に心が痛い。。。
プロフィール

NozomiToyabe

Author:NozomiToyabe
千葉県出身。
沖縄の名護市から飛んで南米はコロニアオキナワへ。
ボリビアで体育隊員として活動中。帰国の日が近づいて来る中、私ができることって何!?日々奮闘中。

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