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同僚とオフィス

職場に人が増えた。

私のオフィスの名前はUnidad de cultura y deporte 

スポーツ・文化部

うん、スポーツ課とも言う。



でも、肥満率若干高め。


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みんな分の席がなく、オフィス行っても席がない。

ちなみに真ん中が私の席。

「ノソミサン、コニチワー、アリガトー」

最近覚えた単語を無意味に連発。



私の席がなーい!叫んでみると、やさしい秘書のアラ(写真右)がここに来い!
と自分のひざをポンポン叩く。

いや、お前の膝の上かよ。


若干20歳にして、一児の母。女性は子を産むとどうしてこんなにも貫禄があるのか。

デカイ20歳の母の膝に小さい25歳が座る。
お肉たっぷりの太ももの椅子はどうも傾いて座り心地悪い。

ありがとう。気持ちだけもらっとく。



暇してるわけじゃないんです。

夜の9時まで働いてますよー。でもこんな時間も必要だよね。

毎日を楽しまなきゃねー。


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新学期。

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サンタクルス県の隊員みんなで日本食食べました。



今年も始まりました!新学期です。私の最後の5ヶ月です。

「のぞみ、聞いてくれ。今年からは県からのプログラムでスポーツの指導の仕方が変わるんだ。」

そう言われたのは、授業開始から2週間目のこと。
え??私もう去年のように学校の授業持っちゃってるけど??

45日間を1クールとし、サッカー、フットサル、バスケ、バレー、テニス、卓球、陸上など、
スポーツ各種目を子どもたちに指導する。
サンタ県全土のスポーツに親しむ子どもたちを増やし、強化するための指令。

今年の私はどうやら、いち指導者としての仕事がメインになるようだ。


1年半やってきて、思うこと。
どうやらここのボリビア人は「継続する」ことが驚異的に難しい。
もちろん、自分たちで何かを始めることも。



ノゾミ、試合しようよ!との女性たちからの希望により、
計画した女性対象のバスケットの大会の会議には誰一人来ず。

「今度は行くから!」という言葉を信じ、2度目の会議を呼びかけにも誰一人来ず。


14歳以下の子どもたち対象に始めたバスケット教室は、1日目9人、3日目6人、6日目3人、
すでに時間通りには来ず。


ある先生はこう言う。
「授業(強制的)以外の自主性を求める活動を続けることは難しいよ。
自分がサッカー教室したときも誰も来なくなったし。
試合するなら来るけど、練習って聞くと来なくなるねー。だから、授業中でトレーニングをするんだ。
だって、授業は全員来なきゃいけないから。」



うーん。そうだね。
ここの子どもたち(小学生)の自主性を求めるのは かーなーりむずい!!!! 
オキナワのボリビア人はほんとに・・・・・。

「せんせー!試合したーい!!」
だいぶ試合形式な練習しても、バスケなら5対5の試合じゃなきゃ満足しないみたい・・・・



何度気持ちが折れたことか・・・・


でも、折れても次の策だ。

「じゃあこうしよう。バスケットだけじゃなくて、バレーもしよう、フットサルもしよう。
いろんなスポーツ教室だ。私フットサルは得意じゃないから、一緒に学ぶんだ。
で、やりたい人はこの登録用紙に名前を書いて。で、1ヶ月間!! 継続してきてみなさい。
その後は辞めるなり、続けるなり、自由でいい。」


そういうルールを作りました。登録用紙という名の契約書。笑

「来なかったらまじで跳び蹴りするよ。」
というとなぜか喜ぶ男の子たち・・・・。

これは彼らとの勝負であり、私との勝負でもある。


面白くなければ子どもたちはついては来ない。
でも、学びの無い活動に成長は無い。


もう悠長には言ってられんのです。
ちょっとはがんばってもらわにゃいけんのです。

最後の勝負なんだ。


一方では、高校生の大会が4月28日に決まった。たぶん5月にずれ込むだろうけど、そこが勝負だ。
幸い、高校生たちのモチベーションはかなり高い。普段絶対真面目にやらないロードワークも着実にこなす。

今年も学校で体育と部活動の指導。
体力が続く限り。朝でも夜でも。

そう、私は一緒にスポーツをして、子どもたちに伝えるだけなんです。

やってみる?うまくなってみちゃう?全ては君次第。こっちはいつでも歓迎!!

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ちむぐくる

2011年2月4日 
琉球国祭り太鼓ボリビア支部の10周年記念公演がサンタクルス市とコロニアオキナワの二ヶ所で行われた。
ペルー、アメリカ、アルゼンチン、ブラジル、そして日本から総勢80名もの支部のメンバーが
その日のために各国から自費で集結、ボリビア人、日系人にその迫力の演技を披露してくれた。


イーヤーサーサー!!ハーイーヤー!

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ものすごい気迫を感じるほどのその「へいし(掛け声)」には、遠い沖縄を想う心、
うちなんちゅ(沖縄出身者)としての誇りが詰まっていた。
ボリビアのこの場所で、彼らは彼らのその想いを叫んでるようだった。


ボリビアに来てくれた踊り手の半数はハーフ、または外国人で、沖縄の苗字を持つ、
日本語を話す日系人はごく少数。
ほとんどはポルトガル語やスペイン語を話す。
不思議な感じだけど、それは移住の歴史と今を物語っていた。


沖縄の伝統芸能を現代的に進化させた祭り太鼓、世界中に1500名もの踊り手がいる。
そのうちの世界中のうちなんちゅ200名がこうやってボリビアのオキナワに集まった。
言葉も生活も現地色に染まっても、世界に散らばった仲間の応援に駆けつける。
こんなにもアイデンティティの強い民族はいないんじゃないかなあ。


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自分も沖縄では太鼓を叩く人間の端くれだった。2年ぶりに持つ太鼓はなんとも言えない位の喜びだった。
私はヤマトンチュ(日本人)だけど、うちなんちゅに負けないくらい沖縄が大好きだ。
(ちなみに私も上の写真のどこかにいます)


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そして、各国から来た支部の人たちもきっと同じ気持ちだろう。
世界中にちらばったうちなんちゅを繋ぐ一夜。
青年たちの力強い演舞。太鼓の振動が胸を突く。へいしが心に響く。

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舞台の前の席に座って、手拍子しながら演舞を見るおじいおばあたちの笑顔が忘れられない。
遠い沖縄を知らない子どもたちの演舞に見入る真剣な表情が忘れられない。

思い出してほしい、遠い遠い沖縄のあの風景、思い出、離れ離れになった家族のこと。



昔の話を聴いた。今年98歳を迎えたとっても元気な山城のおばあの話。
生まれは伊江島、若いときに満州に渡り、戦争を乗り越え、沖縄がアメリカの傘下から日本になった後、
敗戦の闇の中にある希望だったボリビアに家族で入植したのが45歳の頃。


しわしわでシミだらけのその細い手で、その瞳でいろいろなことを思い、感じてきたんだろう。
その話を私と一緒に聞いた、おばあの孫にあたるお母さんたちは涙していた。


肝心(ちむぐくる) 沖縄の魂 はいつまでもこうして次の世代へ伝わっていくんだろう。



南へ南へ パタゴニア!


あけましておめでとうございます!


年末のエボ大統領命の撤回から5日。
撤回が無かったら見送りになっていただろうアルゼンチン南部・パタゴニア旅行から帰ってきましたー。

任地サンタクルスから飛行機で、ブエノスアイレス→南部カラファテ→最南端ウシュアイアまで下るルート。



アルゼンチン。ヨーロッパ移民の国。ジャングルから氷河まで、多様な自然を持つ国。
ボリビアの隣の国なのに・・・

車が道を譲ってくれる、街にゴミが落ちてない、お店のトイレが無料できれい。

でもさすがアルゼンチン。物価高すぎ。
マックはいって注文したものは100円マックならぬ、6ペソマック。
6ペソは1.5ドルなのですでに100円じゃない!!


セットの値段の高さにしょぼくれた私の横で36ペソ(9ドル)のアルゼンチン産牛の2枚重ねのマックセットを頼んだボリビア高地隊員。
おいしそうに食べるその笑顔はプライスレス・・・。

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道を歩けばみんなスマート。キンパツ。そして、美男美女率高し。
歩き方によれば、国民の97%はスペイン・イタリア系の白人らしい。
確かに高帽にみつあみのインディヘナのチョリータさんはもちろんいないわな。
ボリビア低地隊員Nさんのイケメン観察によると、ここやばい・・・・(隠し撮りしながら)そうです。



まずはチリと境の氷河を見にカラファテへ。同期と再会。
わざわざチリから来てくれたチリの島隊員Eちゃんありがとう。

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氷河って、海を流れるものだけを指すわけじゃなく、湖にそびえるのも氷河だったんですね。
氷河を見に国立公園へ。バスの中からはふつーの湖。街中は気温もさほど寒くは無かった。
ここに本当に氷河があるの?夏だから溶けちゃったんじゃない??
と、油断して全然大したこと無いだろうって思っていました。



でも・・・・・



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湖の上にそびえる巨大な氷河の壁。
開いた口がふさがりません。

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すごい。



氷がはがれ落下して海との衝突する度、ビルが爆発したくらいの音と振動。
氷の上を歩けば、何色?青いのか、蒼いのか、碧いのか、わからないほど透き通った裂け目。
その深い裂け目を流れる純度の高い透明な水。
落ちたら這い上がれないほどの深い溝は吸い込まれそうなほどきれいだった。

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最後は氷河の氷で最高のロックを頂きました。

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年々氷河の量は減りつつあるそうです。でも、湖の奥の山に降る雪が押し出され、
夏になり氷河が崩れても、次から次へと押し出されるとのこと。
今日見た表面の氷は一体何年前にできた氷なんだろう。


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南米最南端の街ウシュアイアは夏でもとっても寒い。
一年を通して南極からの冷たい風が吹くから、風の大地と呼ばれている。

前には大きな海、後ろには雪をかぶった山が見える静かで小さな港町。

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ここで有名なのはカニ料理。ウシュアイアでは海産物が取れないから空輸するって書いてあるの本で見ちゃったけど、そんなの気になりません!

ボリビアではほとんど口にできない海の幸を存分に食べた。

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ホテルの部屋から夕焼けを眺める・・・・ふと時計を見る・・・・・
もう21時30分・・・・・まだ夕暮れ。


22時をまわっても夕暮れは続く。長い長い夏の白夜。
おかげで眠いのに明るくて寝れない。体内時計は狂いっぱなし。


こんなに日が長いといいなあなんて考えてみる。
でも、寒い閉ざされた冬が来ると、4時には日没、朝8時まで日がでない。
暗闇に支配される凍てつく冬。自然の厳しさと向き合って生きていく生活。
本土と離れた島の一番下のこの静かな港町で。

私だったら本当にそんな生活できるかな。


後ろで「そんな生活、鬱になるよ!」と同期が言う。

雰囲気出ず・・・。



私たちが泊まったホテルは家族で経営しているホームシックで暖かい宿だった。

受付の娘二人の顔にどーも親しみが湧く。少し浅黒い肌に、黒い髪。
インディヘナ(先住民)の混血のボリビア人的な顔つきをしていた。みんなで、あのボリビアっぽい顔に安心するねーなんて言ってたら、なんとその一家は元々ボリビアの高地からやってきたとのこと。
見ればお父さんもお母さんもめっちゃインディヘナ顔。お母さん背ちっさいし、全体的に丸い(笑)。

ボリビアをこの街と同じくらい愛するお父さんは私たちボリビアに住む人たちが来たことが嬉しくて、部屋は寒くないか?足りないものは無いか?と気に掛けてくれた。
日本人だけど、懐かしいボリビアの話ができることが嬉しいみたいだ。


ここウシュアイアの目玉はペンギン。
もちろん街中にペンギンがいるわけではなく、街からバスで2時間、船で15分のある小さな島に繁殖地がある。

全て野生のマゼランペンギン。こちらが邪魔しない限り、ペンギンも全然逃げない。

本当に近くで寝そべったり、歩いたり。もうホント愛らしい・・・・・

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それにしても多いな・・・。

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実際強風の中なので、かなり寒い。
「かわいい!寒い!かわいい!寒い!!」 しか、言えないほどの極地。
それでもペンギンたちはこんなかわいらしいひなたちのおなかを満たすために何度も冷たい海に入り、魚を捕ってきます。



最終日、ホテルのお父さんと写真取ったり、お土産いただいたり、散々別れを惜しんだ後、タクシーに乗り出発。
しばらくして、タクシーに無線が入る。
「君たちホテルに何か忘れ物をしているとホテルから電話があった」と一同引き返す。
みんなで「なに忘れた???」とわからないままホテルに戻るとお父さんが赤い財布を持って立っていた。

「これ君たちのだろう?!」

真っ赤な財布を見せられたけど、誰のでもない・・・・・・・

?????

「・・・あ、モニカ(自分の娘)のだ!」

おい!!!笑 
娘の財布のガラくらい知っておいて。
最後の最後にお父さんやってくれました。


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飛行機の中から見える茶色い濁流。ああ、ボリビアに帰ってきちゃった。
長い夏休みも終盤。

また気合入れてボリビアで生きていくぞー!


年末の話


ボリビア。やってくれました。

12月27日。年の瀬も迫るばか忙しいこの時期に、いきなりの大統領命令。

ガソリン価格80%の値上げ



はい??




突然の告知に国民びっくり。



すでにスタンドの価格は80%増し。
今までの倍近くの値段で買わなければなりません。
否応無しの決定。



翌日、案の定デモが始まりました。
オキナワ近辺のボリ人のおばちゃんもTAXIの運転手に激怒。

「なんでこんなに高いのよ!払えないわ!」


事務所からは緊急連絡。「今すぐ旅行を止めて、任地に帰ってください」

隊員は年末の旅行の全てを中断せざるをえなくなりました。

幸い私の場合、高くてごった返す年末の旅行は行きたくなかったので、
オキナワでのんびり過ごしてしました。


TVが過激化していくデモの様子を伝える。

国道を封鎖し、一切の交通機関も通さない。

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国道の料金所を封鎖する人々。


横断幕を持ち、おばちゃんたちは太鼓の変わりにナベとオタマで参戦。

大統領の手作り人形は無残にも燃やされ、国民は機動隊に本気で石を投げつける。

1月3日からも行進を続ける と インタビューに答えたおじさんは怒り一色。


ついに内戦勃発しちゃう!?
隊員退去?日本一時帰国!??

妄想はむだに広がり・・・・・・





そして、12月31日。

ニュースで流れた難しい単語を辞書で調べると・・・・・


     大統領命撤廃


えーーーー??

「やっぱりやーめよ」って。

そんな落ちですか大統領。


ガソリン値上げを廃止。普段と変わらない日常が戻ってきました。



いやいや。ちょっと待って。
いきなりガツン!と上げたら国民困るでしょ。
汚い公衆トイレでもお金取る国だよ?ココは。


ちょっとずつ値上げすればいいんじゃないの?
って、大臣は助言しないわけ??
そこよりさ、もっと豊かな観光資源を活かして観光客を増やすとかさ。


日本も支持率の低下で悩まされていますが、この国の未来も本当に懸念してしまいます。




何はともあれ、平和な年越しを迎え、31日朝6時半からの紅白歌合戦を見て、

夜はみんなでおいしい料理を食べ、楽しく年を越せました。


良い一年をありがとう。私と関わってくださっている全ての方々に感謝です。


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プロフィール

NozomiToyabe

Author:NozomiToyabe
千葉県出身。
沖縄の名護市から飛んで南米はコロニアオキナワへ。
ボリビアで体育隊員として活動中。帰国の日が近づいて来る中、私ができることって何!?日々奮闘中。

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